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今日から営業で
今日1月4日はサウンドピュアディオの仕事始めです。

昨日までは自宅のパソコンから書き込んでいましたが、今日からは会社のパソコンから書き込んでいます。

そこで自宅ではシステム上の都合で入れられなかった写真を掲載します。
コピー ~ P1020334
東京に行った時の秋葉原の写真で、元々はスピーカーなどのパーツを売っていた店が多かった世界のラジオ会館も今ではフィギアの店の方が圧倒的に多くなっています。

以前インシュレーターやネットワークの部品を売っていた店はどこに行ったのでしょうか?

インパルスさんやPA屋さんは元気に営業されていますが、自分が東京にいる間はお休みでした。


東京ネタはこのぐらいにして、今日は宇部店にいてホーム用スピーカーのチューニングをおこなっていました。
P1020337.jpg
今まではピュアディオ705のみの1サイズで販売していましたが、「パソコンの横に置ける小型のチューンドスピーカーが欲しい!」というお客さんの声に応えてこのサイズで高音質を実現しました。

12月には試作が完了していて、片方ノーマルでもう片方チューンドでユーザーさんに聴き比べて頂いていました。


すでに予約を数件頂いていますが、大量生産では味わえないスッキリとしたキメの細かい長時間でも聴きやすい音になっています。
【2010/01/04 (Mon)】 未分類
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正月になると思い出す事
今日ふと思い出した事があって、それは今から30年以上前に自分が中学生ぐらいだった頃に正月に親戚が集まった時に、自分が勉強もろくにしなくていつも電子工作ばかりしていてハンダ付けやコイル巻きばかりするのを自分の母親が「この子は馬鹿みたいにハンダ付けとコイル巻きばかりしていて将来一体何をやるのか?」と言われていました。

当時はオーディオではなくてラジオやアマチュア無線の関係のコイルを巻いていて、いかに性能のいいコイルを巻いてそれでいてロスの無いきれいなハンダ付けをする事に集中していました。

そのせいで学校の成績はそれなりで、いとこの中では一番成績が悪かったと思います。

それでも何が面白かったのか、コイルを巻いては測定器にかけて駄目ならまた崩してやり直してという事を繰り返していました。

専門用語でいうと「Qの高いコイルを巻いてSWR値を下げてマッチングさせて遠くまで電波を飛ばす。」という大学受験には全く役に立たない事に集中していました。

そういう馬鹿な事も集中してやれば将来何かの役に立つ事もあるかも知れません。

そういえば無線の上級試験に受かるためにリズミカルにモールス信号の早打ちの練習したり、電波を何逓倍かさせて周波数を変えるなんて事もしていましたから、普通のカーオーディオ業界の人には無い発想を持っているのもその辺りから来ているかもしれないので結構役に立っているのかも知れません。

そんな自分はハンダ付けコイル巻きは小学生の時にはすでに始めていたのですが、ついに今年で50歳になります。

中学生の時に親戚の前で馬鹿だと言われた自分ですが、馬鹿も50までやって、それでいて普通のサラリーマンではあり得ない金額の納税をしている訳ですから立派なものだとあらためて思いました。

ただ自分も高校を卒業してからしばらくはハンダ付けは少しはする事があったのですが、コイル巻きをする事の全く無い時期が15年ぐらいあって、ある事がきっかけで再びコイル巻きをする様になりました。


この正月に今年50歳になるにあたって仕事のルーツを思い出していたのですが、実は自分は店を持つ前に2年間ほど店舗もピットも持たない「出張取り付け」という仕事をしていました。

そのために出張先で工具が足りないとか、持って行っていた工具が刃こぼれしているとかは絶対にあり得ないというぐらい厳しい環境で仕事をして、今では従業員の工具の置き方やピッタリフィットしていない物を使ったり、刃こぼれしている物を使おうとすると口うるさく言います。

なんで自分はこんなに工具にうるさいのかな?と思ったら、出張取り付けの時代に工具が足りなかったら仕事にならないし、取りに帰ったらとんでもなく時間がロスするという考えが体に染み付いているからでした。


その出張取り付けを始めたきっかけは資本が無かったからで、そのうち店舗を持とうと思ったきっかけはディーラーやタイヤ屋さんから受けている仕事は自分にはシステムを選ぶ権限が無くて、ただ与えられた物を付けるだけで、「自分だったらこれ以下の予算でもっといい組み合わせをお客さんに選んであげる事が出来る。」と思ったからです。


今考えたら店舗を持った時期がカーオーディオのピークトレンドに向かい始めたぐらいの時期だったので運も良かったのですが、1990年代にはピークトレンドを過ぎでしまいカーオーディオ業界もダウントレンドに突入しました。

自分はダウントレンドになる前にこれからに備えて何か他の店には無い良い提案は無い物かと考えた末にピュアコンというパーツの組み替えで周波数特性を自由に変えられるネットワークを考案しました。

他にパーツ組み替えのネットワークを考えた会社もあったのですが、コイルの刻みがあまりにも大雑把で泣かず飛ばずで、現在その会社は既にありません。


ただピュアコンも最初からヒットした訳ではなくて、トヨタ車や日産車に付けると音がいいがホンダ車に付けると同じ音が出ないという欠点がありました。

当時インテグラやシビックがバンバン売れている時期にほんの少しの期間ではありましたがホンダ用が販売出来ないという苦しい時期がありました。

黙ってそのまま売ってしまえば問題ないという考えも有るのでしょうが、100パーセントのスペックでなければ自分としては販売出来ないというポリシーがありました。

その事で寝ている時も「どうにかしたい。」うなされながら考えていたら神のお告げがありました。

それは当時のホンダ車はトヨタや日産に比べたら床にフェルトなどの敷物が無くてマットをめくったら鉄板がむき出しでした。

その鉄板の影響を受けてホンダ車の場合パッシブネットワークの音が悪くなっていたのです。

そこで逆転の発想でネットワークの部品をケースの天井につり下げたり、点で支えて浮かしたりしました。(過去も現在も一般メーカーのネットワークはケースの床に部品が付いています)

それこそ夜明け前の正夢でしたが、一般的にケースの床に部品は取り付けるものという概念を取り払って価格の割に高音質のピュアコンはヒット商品となって、それを使用した車種別専用設計のベーシックパッケージは更に大ヒットになりました。


そういえば日清食品の創業者がカップヌードルの最初の容器を考える時に枕元まで容器のサンプルを置いて寝るが寝るまでどの形にしようかと悩んでいたという話がありますが、自分もピュアコンを発売する前は枕元に部品とハンダゴテと測定器を置いていました。

別に日清食品の創業者のまねをした訳ではないのですが、当時は利益が出る見込みの無い物を昼間研究する余裕が無かったので夜やっていて、今高校生の娘が生まれたばかりの赤ちゃんで妻が付いていて寝かせていて、今大学生の息子もまだ小さくて自分が枕元でハンダゴテを使いながら「熱いから近づいたらいけないよ。」と言いながら寝かし付けていました。

息子はジュッといって煙が出るのを不思議そうに見ていましたが、そのうちに寝付いていました。

おかげで息子はハンダ付けとか電子工作が嫌いです・・ と思ったら小学生の時の夏休みに一度電子工作をした事があって、その時に巨人の星の大リーグボール養成ギブスを思い出して、工作用のすんなり溶けるハンダではなくて一番高級な溶けにくいハンダを使わせた事が原因で電子工作が嫌いになったみたいです。

あまりにハンダ付けに時間がかかってトランジスタをだめにしてしまい嫌になったみたいで、やはり消える魔球みたいな奇跡はテレビアニメの世界だからこそ出来たのでしょう。


話がとても長くなりましたが、今年も少しでもいい音を届けるためにハンダ付けコイル巻きに励みます。



【2010/01/04 (Mon)】 未分類
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